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My Inline Skate History 2005
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◆歴史と言うには短いですが今までの自分とインラインスケートとの履歴などをここにまとめておきます

◆インラインスケートとの出会い

  ・日記(外部HPより)を遡ると、2004年9月8日に初めてSALOMONのフィットネスブーツを購入しています。optimaと言う名前のフィットネスブーツです。1万6千円で今は無きK-BOXで購入。

  当時はapeという原付であちこち旅をするのにハマっていて完全にバイクが生活の中心だったわけだけど、ダイエットをする為にやっていたジョギングで膝を痛め、ひょんな事から友達のRさんからインラインスケートでのダイエットを知ることになり、ハマって行くのであった。
  当時住んでいた金町には近くに水元公園という大きな公園があり、インラインスケートをするには最適な場所だったので夜勤明けに初めてスケートを持って行き、履いてみた。

  最初は誰でもそうだったと思うけど、アイスもスキーも経験の無い人がやると、滑るのはまず無理。立つのもいっぱいいっぱいでした。Rさんのお陰でだいちゃんと言う凄いスケーターのHPを教えてもらい、Vウォークで歩く練習から始めました。
 でもね、これ、飽きるんです(笑)。なのですぐに滑ろうとするけど、全然進まない。とりあえずVウォークから1歩ずつ滑走する形で最初の頃は練習してました。
 この頃はしょっちゅう筋肉痛になってました。でもちょっとずつ滑走の形になっていく過程が凄く面白かったです。Rさんとは休みが合わず、1ヶ月以上1人で滑っていました。

◆初めてのイベント

  ・2004年10月24日、インラインスケートを購入して初めて「荒川のんびりラン」に参加しました。このイベントが僕の現在のスケート生活を決定付けたと言って間違い無いでしょう。
  結局友達が来れず、全く知らない人の中に参加するという、人付き合いの超苦手な僕にとってある意味それは冒険でした。でも本当にみんな良い人で、多分この出会いが無ければ今の僕は無かったと言っても間違いは無いです。この頃は打ち上げはまだ南砂のJUSCOでしたね。

◆シティラン

  ・荒川のんびりランから約1ヶ月、2004年11月20日に海鮮ランというシティランイベントに初めて参加します。もちろん点字ブロックや段差などは全く未経験でしたが、体力だけで何とかゴール出来、美味しい海鮮を頂きました。
  ;シティランとの出会いによって、インラインスケートで知らない場所に行く楽しみを知り、旅=バイクではなく、旅=インラインスケートになっていくきっかけになりました。

◆ナイトラン

  ・2004年12月26日、時期が恵まれていたのか、始めて3ヶ月ちょいでナイトランを経験することになります。丸の内のプレナリオのイベントに合わせたナイトランでしたがあまりハッキリとは思い出せません。
 当時は色んなイベントがあったので行く度に新しい発見ばかりでした。 そこで光るウィールというものを知り、随分後に購入しますが、結局使わないで終わっちゃいました。
  2004年11月後半からmixiを始めたので、この頃から既に比重がmixiに変わっていますね。

◆上野CRとセバ

  ・2005年1月9日、初めて参加した上野CRで見たものは、超ど級の世界ナンバーワンスラローマー、フランスから来たあの「セバスチャン」でした。やっぱり時期だったんでしょうね、毎月初めてばかりのことで刺激が多過ぎ。本当に恵まれていました。
 神宮外苑で彼のスラロームを見て、その頃既にスラロームの興味が無くなっていた僕は、ますます世界の違いに遠ざかっていくのです(笑)。あんな凄いのはもう一生見れませんね。

  この日既に、外苑から金町の自宅までスケートで帰るというジャンキーな行為をやってました。

◆白鳥ラン

  ・2005年1月22日土曜日、忘れもしない初めての印旛沼、初めての白鳥、初めて途中離脱を考えたイベントでした。日付は忘れて居ましたがだいちゃんHPから検索。
 この日は風邪っぴきだった事もあり、向かい風が凄かった事もあり、本当に地獄でした・・・。でも、しっかりと鈴木ラーメンは食べたと思います(笑)

  これがきっかけとなり、インラインは道具だ!とイケナイ方向に目覚めてしまうのです(笑)。 ロングランにハマる人ってこう言うきっかけがあってハマっていくと思うんです。「あの人に追いつけるようになりたい。」ただその気持ちだけで、もう戻れない新しいスピードの世界へ入ってしまうのです。

◆Pilot9Pro

  ・2005年3月31日、二足目のブーツ購入。ローテーションしかした事が無かったのが、他の人のブーツを見て、ベアリングが完全に死亡している事に気づき、当時では充分スピード系だったPilot9Proと出会う事になるのです。購入価格は33000円。高いなー。
  僕の中で「2足目で運命が決まる」という勝手な持論がありますが、このブーツと出会った事で完全に僕の方向性は決まりました。K2のVO2MAXやらSALOMONのCROSSMAXやら、色んなブーツを履きますが、僕の足に合ったのはこれだけで、結果的にこれだけが残るのです。 今はボロボロになって捨てようとパーツごとに分けたけど、2007年10月8日現在、まだ家には置いてあります。

◆初めての花見ラン

  ・2005年4月9日、お花見りんりんロード。4月10日、見沼代用水の花見ラン。インラインスケートで初めての花見があんなに素晴らしいものだとは思いませんでした。そしてまた、この年は一番見頃の時期に花見ランと重なりました。初めての花見ランにして今までで最高の花見ランでした。
 そんでもって、次の週4月16日は満開の吉高の大桜ですよ。この頃が、一番ロングランが楽しかったなぁ〜。

◆毎日荒川宣言!

  ・2005年5月16日から、荒川の近くで働き始める。別に家から近いわけでもありません。給料が良いわけでもありません。仕事が好きで選んだわけでもありません。ただ、「荒川に近い」だけで選びました(笑)。「毎日荒川宣言」はテストに出るよ、メモとっとけ。
  と言っても毎日本当に荒川で滑っていたわけではありませんが、ほぼ毎日仕事明けに荒川で滑っていました。昼型生活になり、食生活もコンビニ食が減り、毎日体を動かす仕事が終わってから20kmを滑る。こんな生活を続けていたらどうなるかは一目瞭然、一気に痩せました。

  翌年の1月で辞めるまで、結果的には9kg痩せた事になります。

◆ゴリン?ごりん?5輪?

  ・まるで全てはスケートの神様のお導きかとでも言わんばかりに、滑る量が一気に増えた5月に入ってから、ロングランではトップクラスのスピードを持つ「こそ練」のイベントに初めて参加します。

 その頃既に5輪はスピードスケートでは定番であり、ウィールの大口径化が進む過渡期だったようですが僕のスケートは84mm4輪、全然着いていけません。向かい風なんか気にもせずかっ飛ばすこそ連メンバーの姿が僕には物凄く眩しく映りました。
  5輪って速いのかな〜?ちょっと試してみたいなぁ・・・。「インラインスケートは道具だ」と誰が言ったかわかりませんが、Pilot9Pro購入でその真相を知ってしまった僕を止めるすべは無く、翌月の6月22日に初めてのスピード用5輪フレーム「Powerslide Vision84」がお家に届くのです。効果の程は?もちろん超速ですよ。速過ぎて追い風で自分を制御出来ませんでした。

◆SNS

  ・2005年7月16日、初めてSNSに参加します。夜の車の居ない車道滑走。初めての道、初めての緊張感。これ以降1人ナイトランをやる事もしばしば。新しい世界がまた広がる。

◆スケート写真家

  ・2005年7月31日、スケートカメラマンデヴュー。そんな偉そうなもんじゃありませんが、ツーリングで使っていたデジカメを全く使わなくなっていたのでせっかくあるのに勿体無いし、滑りながら撮る人が結構居たので自分もやってみたいなと思って撮り始めました。
  これ以降、頻繁にHPでの写真UPをするようになる。バレバレですが、撮り方は殆どだいちゃんのパクりです(笑)

◆荒川80km

  ・2005年8月20日、初めてのロングラン80kmに真夏に挑戦。僕が始発で間に合う時間で東大島スタートを3人とし、結果的に4人で滑りました。日本一暑い町、熊谷はとにかく暑かった。

◆タイム

  ・2005年8月21日、荒川の東大島〜浮間舟渡を初めて50分で滑走する。これ以降、荒川でのタイム計測が調子を計る時の目安になる。

◆新横

  ・2005年09月25日新横浜の裏スポットで初滑走。10月以降、金髪のスピードスケーターS氏と出会ってからは新横闇練をやるようになる。雨の日でも滑るようになり、楽しく滑るだけのロングランとは違う「練習」というスタイルを自分に取り入れるようになる。練習場所として新横浜が定番になり、2007年の7月まで、新横浜がホームグラウンドになる。
  9月にはK山さんの言葉がきっかけで、さいたまインラインカップの申し込みをする。

◆関西CR

  ・2005年10月8日、だいちゃん主催の関西での2泊3日のスケートツアー。初めての泊まり企画。旅スケートを満喫しまくりでした。初日に食べた水茄子は感動的な味でした。
  ○みずさんの「遅くなった修学旅行だね」という言葉は、僕にとってグッと来るものがありました。楽しい旅行って、こういうことだったんだ・・・。

◆わすれものは、ローラーブレード

  ・2005年10月12日、スケートを電車の中に置き忘れる。翌日、新宿駅で、「ローラーブレード」として預けられていた。「サロモン」なんですけど。この時スケートを入れていたスケート用バッグ(自称)は今でも使ってます。コンビニで500円くらいのものですが、結構丈夫です。

◆さいたまインラインカップ

  ・2005年10月23日、初めてのコンペティション。インラインスピードスケートの大会。結果は散々だったがこの時4輪のフィットネスでコースの内側を遊び半分に滑っていた人が伝説の元アジアチャンピオン、元日本チャンピオンの高萩さんと知り、衝撃が走る。
 今まで「楽しく滑る」だけでよかったのが、「カッコよく滑りたい」そんな気持ちが初めて生まれました。これ以降、速く滑る、綺麗に滑る事を意識するようになる。

◆桐生〜葛西130kmLR

  ・2005年10月30日、初めての100km越えロングランは130kmロングランでした。完走者はスタート時の半分。過酷なイベントでした。まさにサバイバルレース状態。

◆レーシングブーツ

  ・2005年11月5日、パワースライドのレーシングブーツS1が家に。ついに、レーシングブーツの世界に来てしまいました。以降、足型との戦いが始まる。

◆横浜インラインチャレンジ

  ・2005年11月19日、横浜インラインチャレンジに参加。入賞ならず。だが、その後アジアチャンピオンにもなったブリザード喜多秀明氏の先導でのレースという贅沢なレースを堪能しました。

◆ティムズナイトスケート

  ・12月3日、ティムという日本のシティランに影響を与えたスケーターのナイトランイベントに参加。半端無い。マジ半端無いすり抜けスケーティング。これまた衝撃的でした。スケートを「車両」として扱っている文化の違いを感じました。

◆長良川フルマラソン

  ・2005年12月10日、レースの世界にどっぷり浸かり、ついには長良川にまで行ってきました。全然トップには絡めませんでしたが、日本のトップクラスのスピードを一瞬でも実感する事が出来、良い刺激になりました。岐阜のレベルの高さを実感しました。そして、フルマラソン1時間30分という目標が出来ました。
  1月の渡良瀬に向けて、ますます切り詰めた練習が始まる。12月中旬から1月後半まで連続滑走日数43日というアホな自己記録を作ったぐらい、この時期は一番滑っています。

◆クリスマスラン

  ・2005年12月24日、25日。東京クリスマスランに横浜クリスマスラン。初めてのサンタスケーターでした。もう最高に幸せな二日間でした。

◆渡良瀬

  ・12月31日、渡良瀬にて練習。日本チャンプの練習姿を見る事が出来、ますますテンションが上がる。